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しえんって何なんだブログ

良い支援とは? 答えのない問いに悩む日々。悩むだけじゃもったいないので、エンジョイしてみました。 質問は→質問箱https://t.co/Mm7zBhiSVp

自分に優しくできないと他者に優しくできないのか論

自分に優しくできないと他者に優しくできない。

 

自分を愛せないと本当に他者を愛することはできない。

 

自分を大切にできないと他者(利用者)を守ることはできない。

 

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なんて言葉をよく聞きます。

職場でもよく耳にします。

 

けどさ、自分に優しくできてるか、自分を愛せているか、自分を大切にしているか、

ってどうやって分かるの。

 

それが出来てるか否かのボーダーラインはどこなの?

 

大抵人は、多少なりとも自分を好きでしょ。

どんなにネガティヴで否定的な人であっても、自分を微かでも好きだからこそ、「ネガティヴ」で「否定的」になり、自分に予防線を張って自己防衛するものです。

自分に攻撃的になるのもね、見方によっては、他者を攻撃しなければ他者からの攻撃を受けないという最大の防御=自分の身を守る ことにもなります。不安や苛立ちやストレスを発散させつつ自分の身を守るという行為が自分への攻撃という形で現れることもあり、その根底には、どこかで、わずかでも、自分を好き なのです。

自分の命について迷うこともね、自分を楽にさせてあげたいという気持ちが根底にある場合もあります。自分を好きだから、自分を楽にさせてあげたいですよね。

 

(↑あくまでも、命に迷ったこともある一個人の意見です。嫌な気持ちにさせてしまったらすみません。)

 

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そもそもね、自分を好きでいいんですよ。

自分を好きになることは自然なこと。

だってそれ(自分を好きになること)がないと、自己防衛できないでしょ。

人は動物だから、生存本能があって当然ですし、ごく自然なこと。

 

どんなに自分を嫌いだって公言している人も、インフルエンザにかかって辛い思いをしたら病院に行ったりするじゃん。

 

なんとなく、大声で「自分が好きー!」なんて言う人を見たら、この人ナルシストか?なんて疑うのが日本社会ってやつですが、

それは生物学的に自然な気持ちであり、世界的にはごく当たり前の気持ちとして恥ずべきではなく、誇りに思う気持ちとして光を浴びます。

 

と。まぁ。脱線しちゃったので話を戻します。  

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そう。だから自分を好きな気持ちは自然なことであり、多少なりとも誰でもが持っている気持ちです。

 

でもだからといって、自分を本当に愛せているのか?なんて聞かれてもねぇ。

 

本能的に微かに自分のことは好きかも と 自分を愛している

ってどこからが「愛する」と言うの? うーん。ラインが分かんない。

 

ただね、「自分に優しくできている」「自分を愛せている」「自分を大切にできている」と確実に言えなくても、

家族・恋人・友人・利用者・街で歩いている人などの他者に対し、優しくする・愛する・守るという行為をとれる人はたくさんいます。それは確実に言えること。

 

本当の意味での、「他者に優しくする」「他者を愛する」「他者を守る」ことができてるかどうかなんて分からないけどね。

 

大体「優しくする」「愛する」「守る」の本当の意味って何だぁ?

そこのラインもよく分からない。

 

ほぅら。また道に迷い込んだぞ…。

 

だから。

もうこの論争はおしまいにしませんか。

目指すべき終着点が私には分かりません。

 

他人から見るとどうなのか。他人が感じる「愛」とか「優しさ」だとかと私が感じるものが違うとか。どうでもいい気も…。

 

今日はいいことがあったから、なんとなく他者(ヒト)に優しくしようっと。

で、いいんじゃないかしら。

 

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↑ ファンタスティックコラボレーション。人から動物から海洋生物からゴジラまでいるよ。赤ちゃんの近くにチーターいるよ。

作成した方々曰く、仲良く暮らしている のだそうです。ファンタスティック。

種族を超える「愛」ですね。

これこそ正真正銘の「愛」と呼べるのかもしれません。

 

じゃなくて。

私はね。そう。私は、自分のこと愛せているのかも大切にできているのかも分かりません。こんな自分が嫌だ、とか 自分なんて嫌いだー なんて思う日もあります。

自分の情けなさや不甲斐なさに悔しくて涙を流す日もあります。

自分ってどんだけバカなんだよぅ。バカバカバカっ。と思う日なんて多々あります。

 

でもね。こんなんヤツでも利用者に対しては、「サポートしたい」「もっと生きやすくなる社会に変えていきたい」と真摯に思っていますし。自分のできる限りの支援をしたいと思っています。自分の家族の保護者会や個人面談には行かないけれど、利用者との面談やケースカンファレンスや担当者会議には時間を惜しんででも足繁く通いつめます。利用者の想いを汲むため、利用者の想いを実現するための支援に対しては、熱くてやっかいな気持ちを抱えていますので、日々その厄介な奴らとの闘いです。

 

それがたとえ独りよがりであっても。他人から偽善だと批判されても。

 

結果。支援として成り立ち、相手(利用者)が笑顔になればいいのでは。

 

 

自分を愛せているだとか。自分を大切にできないとだとか。

本質的にはどーでもいいことで。

自分も相手も笑顔ならマル。

笑顔のところには愛がある。

 

っと思っておけば。ふわっとして。ファンタジックに着地できますねぇ。

 

さぁて。それをどう思うかはみなさん次第ですよ。

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 ワクワク。そしてゾクゾクしますねぇ。えっ?流行りのインフルかな?